お気に入りBlog新着


2007年10月15日

エノキダケ

本当は信州全般にまで歴史の勉強範囲を広げたいのですが
なかなか調べている時間がなく、
今回も松代関係の既知の知識です。

私が中学生のときに理科の先生から
エノキダケの人工栽培を始めたのは
旧制中学の先生だった長谷川五作という
松代の方だということを聞きました。
詳しくはこちら(wikipedia)
大正12年のことですから、ちょっと「歴史」とは言えないかも。

今では長野IC近くの道路で「発祥の人」と書かれたものが
立っていますが当時は全く知らないことで驚きました。
#それにしても「エノキ茸発祥の地」っておかしくないですか?
#「エノキ茸栽培発祥の地」とすべきかと…。

不思議なのは、昔の先生は今とは違うとは言っても
大学でもない学校の先生が栽培法をご存知だったことです。
長谷川五作がどんな経歴をお持ちなのか興味が湧きます。

余談ですが、シイタケ栽培は1942年に現在の方法を
森喜作(こちらは群馬の方)が編み出すまでは
菌糸がつくかどうかは運に頼らざるをえず命がけだったとか
(昭和30年代の教科書に載ったそうです。
マンガ「美味しんぼ」にも載っていますね)。

今では珍重されるのはマツタケくらいですが
昔は色々なキノコが貴重だったんでしょうね。
そろそろキノコのシーズンですが感謝して食べねば。



Posted by sak 改め Saxan at 23:57│Comments(2)
この記事へのコメント
エノキダケの長谷川五作さん。
松代の産業発展に貢献されて方ですね。
そのお陰で松代はエノキダケの一大産地でした。
今では信州中野が県内一に産地となっていると思いますが。
松代は長いもの産地としても全国最初で最大のさんちでしたが
その種芋を分けてあげて、今では青森や鳥取の砂丘などに首位の座を引き渡してしまいました。
松代の人は純朴でおおらかなんですね。
Posted by 遊学城下町松代 at 2007年10月16日 08:06
sakさん松代の長谷川五作先生のことをとりあげてくださって
ありがとうございます。
松代の中でも知っている人はかぎられていると思います。
貴ブログに連動して長谷川五作先生、ならびにエノキダケに関する情報を今朝のブログでかかせていただきました。
また、当ブログにリンクさせていただきましたので、
さしさわりがあるようでしたらご連絡願います。
Posted by at 2007年10月16日 09:29
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。